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完全なる民主主義の実現のために
〜ダライ・ラマの政治権限の無効化についてのダライ・ラマ法王談話

(2011年3月19日チベット暦正月十五日 於テクチェンチューリン本堂)

インドに亡命した後、1960年から民主化への歩みを進みはじめました。その後30-40年間、純粋な気持ちで民主化の歩みを段階的に進めてきました。チベット人の社会ではこのことを「ダライ・ラマ法王が一気に与えてくださった民主主義」と呼んでいることは別として、現在までこの歩みを進んできたのです。十年前には首席大臣の直接選挙を行いました。その際に私はあくまでも任命はするが、私が直接指名するのは適切ではないと述べました。

いまはもうこの民主的な選挙で選出した首席大臣を任命し、いまもう10年が過ぎたのです。選挙によって首席大臣を選びそれを任命したその日から、実質的には「ダライ・ラマのガンデンポタン・ラブランがチベットの政治と宗教の両方のすべての権限を担う」という時代に変化が起こったのです。だからこそこのことについて私自身で「半分引退した状態」と言ってきましたし、それから十年の月日が過ぎたのです。

この実質的な民主主義とその制度は、今後もここで継続してゆかなくてはいけません。王や高僧が権限を持つべであるという考え方はもはや時代遅れなのです。

世界中の人がこの道を歩んでいるのですし、私たちもこの方向へと向かうべきでしょう。世界の潮流として、真の民主制度を実現し、民主的選挙を行うことは最良の手段にほかなりません。

たとえば、インドの場合を考えてみましょう。インドは人口が非常に多く、国内には様々な問題も抱えている国家です。文化や言語をとってみても、インドの東西南北で多種多様に異なっています。ですが民主主義を実践しているインドは、法治国家であり、そして言論の自由があり、いつでも政治改革を行うことのできる自由があります。だからこそインドという国は、しっかりと国体を維持できるのです。

これに対して中国はどうでしょうか。中国ではすべての権力が一極集中しています。そしてそのことが原因となった問題に直面せざるを得ない状態が続いています。最近中国政府が公表した資料によれば、国防費より内政工作費がより多くかかっているようです。ですが現実問題として国際的な競争相手よりも国内の対抗勢力が多いというの状態は恥ずべきことではないでしょうか。そもそも「人民政府」というのは、民衆に役立つことをすべきものでしょう。共産党の場合には、人民に奉仕していると口ではいっていますが、その政治が実際に民衆の希望に即したものかどうかは疑問があるわけです。それが民衆に支持されているのかどうか、本当は国民投票を行うべきでしょう。そしてそれを通じて事実は明らかに分かるはずです。民主的投票を行い、その体制が支持されているのならば、その体制は威厳のあるものでしょう。しかし投票も行わず、恐怖を人々に押し付ける武力をむけて、自分たちの権力を維持しようとしても、これはも時代遅れ以外の何ものでもありません。同時にある特定のひとりの人間だけが権力を持っているのも決して良いことではありません。ダライ・ラマひとりに最終権限があるということは、本当に良くないことなのです。

そもそも「政治と宗教の両方の指導者たるダライ・ラマ」というこの状態は、ダライ・ラマ一世から四世までにはなかったものです。ダライ・ラマ五世の時にはじめて、さまざまな理由があって、モンゴルのグシハーンの援助を受けて成立したものです。このことがこれまでそれなりの意味があったことは確かですが、いまはもう二十一世紀なのです。変化のスピードが遅いかどうかは別として、こうした体制には改革が必要なのです。ですが、その改革がだれか別の人に強要されて為されるとしたのならばどうでしょうか。そうなってしまえば、これまでこの状態を維持してこられた歴代の法王の名前を汚すこととなってしまうでしょう。ダライ・ラマ五世ガワン・ロサン・ギャツォの代以来、ダライ・ラマがチベットの政治と宗教両方の指導者となった訳ですが、第十四代目の後継者である私自身が積極的に、自らの意志を持って、喜び勇んで「政治と宗教の両方の指導者たるダライ・ラマ」というこの体制を廃止することができるのならば、それより良いことはないでしょう。

この決定権は他の誰にもないものです。決定権は私だけができるものなのであり、私は既にその決断を下しました。チベットの政治責任は、民主選挙によって選出された指導者がすべての責任を負わなければならないのです。ですから私がここで、名義上でも「ダライ・ラマ」に政治的権限がある状態が続いてしまえば、なし遂げられなかった仕事として残ってしまいます。ですから必ず改めるべきこのことを、いま改める必要があるのです。

自画自賛ですが、私も「ダライ・ラマ」としての可能な限り活動してきたつもりです。チベット本土に残っている人々も私に信頼を寄せてくれますし、亡命チベット人たちも私に信頼を寄せてくれています。いまは世界で「ダライ・ラマ」という存在は、信頼できる一目置かれる存在となっているだけでなく、好感度も高いです。

いまのような「ダライ・ラマ」の時代は、五世のときに始まったものです。しかし二世ゲンドゥン・ギャツォと三世ソナム・ギャツォのお二人も、宗教面で事実広く信頼されていましたし、また一般の人々からも信頼を得ていました。ゲンドゥン・ギャツォ法王には「超宗派の黄帽の法王」という名称さえあり、僧籍はデプン僧院にあっるとも宗派の優劣をつけるような方ではありませんでした。

私も残りの人生、彼らのように宗教面での責任を果たしていき続けたいと思います。個人的にはこの世界にもっとより良い生き方というものを促してゆきたいと思いますし、これまでも常にそれに取り組み、ある程度は成果をあげてこれたのではと思っています。また同時に宗教間、宗派間の調和を実現するための取り組みも行い、これもある程度成果をあげてきたと思っています。

最近あちこちの大学から招待を受けますが、それは私に対して説法して欲しいという要請ではありません。それらは私に対して、いったいどのように人間の心の内側で活動することによって、私たちの幸福が実現するのかというその方法論について講演を頼まれているのであって、説法をしに来て欲しいと頼まれているわけではありません。同時にまた仏法についての解説をする時にも、常に仏教における科学的な側面と関連させながら解説をすることにしています。これらの結果、多くの人に好印象をもっていただけているのです。

このように「多くの人から好印象抱かれているダライ・ラマ」の時であるからこそ、いまここに「政治と宗教の両方の指導者」というこの状態に終止符を打つべきなのです。私たちがよく「会議は無事に散会した」と言いますが、それと同じように、ダライ・ラマ五世以来の「政治と宗教の両方の指導者」という約四百年継続したこれを、いまここで無事に打ち切ることができれば、それ以上素晴らしいことはないのではないかと私は思います。そしてその決断権は私にあるのであって、他の何人たりともその決断できる権限を持っている人は居ないのです。だからこそ、この決断権を持った「ダライ・ラマ」の一人が、ダライ・ラマ五世が始められたこの体制を廃止する決断を為したということになるのです。そしてその決断をもはや修正したり、後悔するようなことは何もありません。

今週、数日前に私のことについてチベットからの電話がかかってきて「ダライ・ラマ法王が引退してしまわれるそうだ。これは私たちチベット人たちにとって絶望的な状態になってしまった。」といい、とても心配していたそうです。

ですがそんな心配は全く無用です。私は引退しますが、ダライ・ラマ四世までの歴代法王と同様、宗教的指導者として活動するのであって、政治的権限がない存在になるだけです。そもそも ダライ・ラマ四世までのダライ・ラマには政治的権限はなかったのです。ガンデンポタンはダライ・ラマ二世の時に創設されましたが、その時には政治的権限をもっていない、単なる宗教上のものに過ぎなかったのです。とはいえ本当にすべての人から信仰された指導者だったわけです。ですから私も人生の後半で、宗教的な一般に信頼されるリーダーとしての活動はするのであって、その活動からは引退するわけではないんです。可能な限りその活動に取り組み、そして継続していくことを通じて、きっとこのまま一般の人々からの信頼は継続するはずです。一般的な信頼を獲得している「ダライ・ラマ」が、政治的業務をするのをやめて、宗教的な活動に専念するだけだということなのです。

そしてこのことは同時に実際に私たちのこの亡命社会の果たす機能をより一層強力なものとするでしょう。この社会をより発展させて、より善い方向へと向かわせるでしょう。世界の我々の支持者の方たちにも「ダライ・ラマは口だけではなく最後に完全な民主化を進めた」と我々に対する世界での評価もより高くなるはずです。

これまで中国共産党政府は「チベット問題など存在しない。問題はダライラマの問題だけである。」述べてきたのです。彼らは私たちがいままでこうして何十年も味わってきた苦難を「ダライ・ラマ」ということで片付けてしまおうとしているのです。しかしながらこれは事実に反することなのですし、そのことが虚言であることは今回の私の決断によって世界中に知らしめることができるのです。

このような理由からも、チベット本土でチベット人たちが「ダライ・ラマが引退なされてしまった」とがっかりする必要など全くありません。みなさんにもこのことをよくよく留意していただきたく思います。

全体的視点からも、個別的視点からも、この決断は重要で効果のある決断で長期的な展望ではチベット全体の政治および宗教に必ず有意義な結果をもたらすでしょう。チベット人全体のことを考えれば、ここに亡命している我々のこの体制をより堅固なものとし更なる前進をもたらすのです。

中国共産党の方は、一極集中という制度ですが、我々亡命者は少数派ですが民主制度をとっています。両者を比べてみれば、こちら側、我々の方こそが、現代社会に相応しい発展をし、ものへ必要な改革がすべてなされたものであるということになるはずです。そしてそれこそが我々の誇りとももあり、チベット本土にいる大多数のチベット人たちでも、それを誇りにするもてる状態なわけです。みなさんもこういう風に理解する必要があるわけです。私自身「やる気がなくなった」とか、「チベット人全体のことを諦めてしまった」ということでは決してありません。私はヒマラヤ、チベットの人間のひとりです。600万人のチベット人たちのひとりひとりがチベット全体の利益を考えなければならないのであり、そのすべてに責任があり、私もそのひとりですし、アムド出身のチベット人なのです。そしてこの責任は私が死ぬまでずっと負っています。いま私が健康なこの時にみなさんにそのすべての責任を担っていただきたいと思います。特別な問題に直面した場合に、たとえば私自身が何かをしないといけないような状況が起こったとして私はそのまま居るじゃありませんか。私は絶望したわけでもないですし、やる気がなくなってしまったわけではないんです。様々な理由や根拠を考慮し決断したことなのです。私たちは民主制度の道を更に歩み、すべての責任を負って行かなければならないのです。ですからみなさん心配しては決していけませんし、いま直接ここに居るみなさんも、チベットに居るみなさんも決して心配するようなことではないのです。しっかりしてください。

昨日中国人の学者に会いました。彼は今回首席大臣の総選挙の状況を調査しにきたそうです。五年前の選挙のときにもこちらに来て調査したらしいです。以前に比べて今回の選挙に際して多くの人が本当に真剣に考えて、責任感のある仕事をして、民主制度における民衆の責任を果たそうとしていること、民主主義というものを本当に享受している様子をみて、以前に比べてはるかに発展したと称讃していました。これは我々の政治に対する意識が高まってより発展していることの証拠です。ですので今回私が下した決断もより前進的に発展させるためのきっかけなのであって、絶望してしまうためのきっかけでは決してないのです。このことについてみなさんは確信をもって頂かなくてはなりません。そしてこれからチベット本土に戻る方たちもこのことについて説明する機会があればそう説明してください。ひょっとすると今日これが報道になるかもしれません。チベット本土にいるチベット人に対して「ダライ・ラマ法王の今回の引退は、短期的、長期的な多くの理由を何年もかけて考えられて決断なされたものである。それはチベットの仏教と政治全体に対して長くメリットをもたらすものであるので、何にも心配する必要がない」、そう伝えていただきたいと思います。

またガンデンポタンというのは、私のラブランです。私が生きている間は小さなラブランは必要ですし、これまで通りガンデンポタンは存続するのです。ガンデンポタンの政治権力を委譲するだけであって、ガンデンポタンは存続することについては、いま急いで何かをする必要はありません。20-30年後に、私の人生が終了したその時に、チベット人を中心としてダライ・ラマと特別な関係のある様々な国の人々が、ダライ・ラマの存続が必要だというのならば、ガンデンポタンはその後も継続して、引き続き15世、16世、17世となることも可能なのです。みなさんお分かりだと思いますが、極めて堅固なものなのです。政治には変化がありますが、ガンデンポタンはダライ・ラマ2世、3世、4世の時代と同じように宗教面のみのリーダーとなればよいでしょう。将来的な長期的な展望で考えるのならば、これも大きな意味があることになるのです。先日議会に宛てた手紙のなかでガンデンポタン政庁という言葉を変更しなければならなくなると述べたのは、ガンデンポタンを廃止しなければならない、という話ではありません。ガンデンポタンは存続するのです。しかしながら、政治の権限を担うガンデンポタン政庁もしくは機構というこれは不適切であるので廃止することで、我々の政治機構は民主政治になるのです。

2011年3月19日チベット暦正月十五日 於テクチェンチューリン本堂
大祈願祭の本生譚の説法の際になされた法王談話


(訳・野村正次郎)

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