中道のアプローチ:チベット問題解決に向けての骨子
- Middle way Approach -
1997年9月18日
はじめに
中道のアプローチは、チベット問題を平和的に解決し、平等と相互協力を基盤にチベット人と中国人が共存・安住できる社会の実現を目指してダライ・ラマ法王が提唱した政策です。これはまた、中央チベット政権(CTA: Central Tibetan Administration)とチベット人が長年かけて討議を重ね、民主的に採択された政策でもあります。チベット内外に暮らすチベット人、さらにはこの問題をよりよく理解しようとしてくださる方々のために、中道のアプローチの概要と経緯をここにご紹介します。
A.中道のアプローチの意義
チベット人は中華人民共和国が支配しているチベットの現状を認めていません。そして同時に、これは歴史的事実ですが、チベット人はチベットが独立することを求めているのではありません。これらふたつの意志の中道を歩む道として、チベットの三地域に暮らすすべてのチベット人が中華人民共和国という枠組みのなかで真の自治を得るために掲げられた政策が中道のアプローチです。中道のアプローチはこれに関わるすべての人々の権利を守る穏健的な政策であり、チベットには文化・宗教・国家としてのアイデンティティの保護を、中国には母国の安全と領土の保全を、そして近隣諸国およびその他の第三者国には国境の安全平和と国際関係の安定をもたらします。
B. 中道のアプローチに至った経緯
チベット政府と中国政府との間で結ばれた17か条協定は、両国が対等な立場に立って結ばれたものでも、双方の合意を経て結ばれたものでもありませんでした。しかし、チベットと中国双方の国民の互恵を第一に考えたダライ・ラマ法王は、1951年からの8年間、中国政府との平和的解決に向けてあらゆる努力をしました。1959年にダライ・ラマ法王とカシャック(内閣:Kashag)がラサを発ちロカ地区(Lokha region)に到着してからも、ダライ・ラマ法王は中国軍との和解を遂げるべく努力を続けました。17か条協定を黙従しようとしたダライ・ラマ法王の試みは中道のアプローチと類似しているといってよいでしょう。残念なことに、中国軍はチベットの首都ラサにおいて中国軍兵士の残忍な行為を放任しました。そしてこれが、中国政府との共存がもはや実現不可能な望みとなったことをダライ・ラマ法王に確信させることとなりました。そのような状況下においてダライ・ラマ法王に残された道は、インドに脱出し、すべてのチベット人の自由と幸福のために亡命者として活動する以外にありませんでした。
インドのテズプル(Tezpur)に到着して間もない1959年4月18日、ダライ・ラマ法王は声明を発表し、17か条協定は脅迫下での調印であったこと、さらには中国政府が故意に合意の条件に背いたことを伝えました。この日を境にダライ・ラマ法王は、17か条協定は無効であるとしてチベット独立の回復に努め、以来1979年まで、中央チベット政権とこれに関わるチベット人はチベットの独立を求める政策を掲げてまいりました。しかしながら、概して世界は政治的、軍事的、社会的にますます相互依存を深めています。その結果、それぞれの国に大きな変化が生じています。中国も例外でなく、変化は確実に起こり、チベットと中国の真の交渉がはじまるときがやってくるでしょう。ゆえにダライ・ラマ法王は、チベット問題を話し合いで解決するためには、チベットの独立を回復するという方針ではなく、チベットのみならず中国にも互恵がもたらされるアプローチに転換したほうがより有益であると長年考えてきました。
C.中道のアプローチは、突然に立案されたのではありません
中道のアプローチは、ダライ・ラマ法王が何年も前に発案した政策ですが、ダライ・ラマ法王はこの政策を恣意的に決断したのでも押しつけたのでもありません。ダライ・ラマ法王は1970年代の初頭から本件をめぐって討議を重ね、亡命チベット代表者議会(the Assembly of Tibetan People's Deputies)の議長、副議長、カシャック、学者をはじめとする多数の有識者からの意見を求めてきました。とりわけ1979年、後の中国国家主席トウ小平氏からの「独立を除き、その他すべての問題は話し合いで解決され得る」とした申し出は、ダライ・ラマ法王が長年抱いてきたチベット、中国双方にとって有益な解決策をみつけたいという信念と合致しました。直ちに、ダライ・ラマ法王はこの申し出に賛意を示し、話し合いに同意。チベットの独立を回復するという方針を、中道のアプローチの方針へと転換する決定がなされました。この決定にあたっても再度、当時の亡命チベット代表者議会、カシャック、学者をはじめとする多数の有識者との正式な協議がなされました。したがって、中道のアプローチは突然に浮上したのではなく、確固たる経緯を経て生まれたことをご理解いただけると思います。
D.中道のアプローチは民主的に採択されました
その決定以来、中道のアプローチが掲げられてきました。そしてチベット人が必要とする自治の内容をめぐる折衝の土台となった1988年6月15日ストラスブールで開かれた欧州会議でのダライ・ラマ法王の声明については、それに先駆けて1988年6月6日からの四日間、ダラムサラで特別会議が開かれました。この会議には亡命チベット代表者議会のメンバー、カシャック、公務員、チベット人居住地域代表者、チベット地方議会、チベット人NGOの代表者、ダラムサラに到着して間もないチベット人などが参加。提案の原文について広範囲な討議が行なわれ、最後には満場一致で是認されました。
この提案に中国政府が前向きな姿勢を示さなかったため、ダライ・ラマ法王は1996年と1997年に、《チベット人による国民投票により、チベットの大義を実現するための最善の方法を決定すべきである》と再度提案。これに伴い事前に行なわれた世論調査の結果、《国民投票の必要はない。中道のアプローチを支持する。いかなる決定であろうと、中国や世界の政治的状況の変化に応じてダライ・ラマ法王が選択した道を支持する》と明示した意見書が64パーセントを越えました。この結果を受けて、亡命チベット代表者議会は1997年9月18日に満場一致でこれに合意。その旨をダライ・ラマ法王に伝えました。これを受け、ダライ・ラマ法王は1998年3月10日に発表した声明の中で次のように述べました。
「昨年、亡命下のチベット人に国民投票に関する世論調査が行なわれ、さらにチベットに住む人々からも可能な限りの提案が集められました。自由を手にするための最善の方法を、チベット国民みずからに決めてもらったのです。この世論調査とチベットから集められた提案に基づき、亡命チベット人の国会である亡命チベット代表者議会は、国民投票の道を求めることなく、今後も私の裁量に託すと可決しました。これほどの信用、信頼、期待を私に寄せてくださるチベット国民にお礼を申し上げたく思います。私の《中道のアプローチ》は、チベット問題を平和的に解決するもっとも現実的かつ実際的な方法であると今後も信じてまいります。中道のアプローチは、チベットの人々が生きていくのに不可欠な要求に応えるものであると同時に、中華人民共和国には統一と安定を確実にもたらし得る政策です。それゆえに私は中道のアプローチに全力で取り組み、中国首脳と心を通わせるべく真摯に努力していくつもりです」
中道のアプローチはこのようにチベットの人々の意見を斟酌の上、亡命チベット代表者議会の満場一致の賛成を経て採用されるに至りました。
E.中道のアプローチの重要項目
- 中央チベット政権は、チベットの独立を求めることなしに、旧来のチベットの三地域をチベットとする政治的独立体の構築の実現に努める
- そのような政治的独立体においては、真の国家地方自治の資格が享受されなければならない
- その自治は、民主的なプロセスを経て一般投票で選ばれた議会・行政部により統治されなければならず、独立した司法制度が有されなければならない
- 上記の体系が中国政府に合意され次第、チベットは中国からの分離独立を模索する道を断ち、中華人民共和国という枠組みの範囲内に留まるものとする
- チベットが平和と非暴力の地域に変わるまでは、中国政府は防衛のために制限範囲内の軍隊をチベットにおくことができるものとする
- 中華人民共和国の中央省庁はチベットの国際関係および防衛に関する責任を有するが、宗教・文化、教育、経済、健康、生態・環境保護に関するその他すべての問題はチベット人が責任管理するものとする
- 中国政府はチベットにおける人権侵害的政策および中国人のチベット地域流入政策を中止しなければならない
- チベット問題の解決に向けて中国政府と真摯に交渉・和解を遂げる主責任は、ダライ・ラマ法王に帰する
F.中道のアプローチの特徴
チベット人と中国人の共存について検討することはチベット人の政治的権限を求める以上に重要な現実問題であると考えたダライ・ラマ法王は、チベットと中国双方にとって有益な中道政策を目指してきました。これが実現すれば、政治的前進の大きな一歩となります。《民族の平等性》の真の意味とは、人口、経済力、軍事力に関係なくあらゆる民族が同格に共存できること、ある民族のみが優れその他は劣っているというような差別がないということです。異なる民族を確実にひとつにまとめるためには、民族の平等性が必要不可欠な基準となります。チベット人と中国人が同格に共存できるということは、民族統一、社会的安定、領土保全が保障されるということであり、中華人民共和国にとってはもっとも重要な基盤が確保されることになります。したがって、中道のアプローチの最大の特徴は、非暴力、相互利益、民族統一、社会的安定を計りながら平和を実現できることにあります。
結び
中道政策およびこれを中央チベット政権が導入した経緯を手短にご紹介しましたが、正当なご配慮をいただき、中道のアプローチをよりよくご理解いただけることを願ってやみません。この場をおかりしまして、世界中の方々に、そしてチベット在住のチベット人指導者の方々、役人や学者のみなさまに特別の感謝を申し上げるとともに、中道のアプローチを支持することをここに表明させていただきます。
発行:情報・国際関係省(DIIR:the Department of Information and International Relations)
更新:2006年8月
付録1
決議No. 12/4/97/46より抜粋
亡命チベット代表者議会により可決
満場一致で次の通り決議
1. 1995年3月10日の声明において、ダライ・ラマ法王は《チベット問題の今後の方針と実現方法を決断するために国民投票を行なう》と発表。これを受け、1995年9月2日から1997年7月31日にかけて、チベット内外のあらゆるチベット人に国民投票の手順と選択肢に関する意見を求めた。結果、圧倒的多数の意見に基づき、亡命チベット代表者議会は、《国民投票の要請を取り下げ、チベット問題の今後の方針とその実現方法についてはダライ・ラマ法王の見識を用いてその都度決定していただきたい》とダライ・ラマ法王に嘆願した。
2. いかなる決定であれ、ダライ・ラマ法王の見識に基づいて下された決定は、全チベット国民による決定とみなされ、国民投票により採決された意見と同じ効力を持つものとする
上記の決議は1997年9月18日に開かれた第12回亡命チベット代表者議会の第4会期において満場一致で可決された。
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