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チベットにおける「政治思想教育」


1998/10 チベット亡命政権発行「TIBETAN BULLETIN」

チベットの中国当局は「徹底攻撃」キャンペーンが成功し終結に近づいた、と言っている。BBCのスー・ロイド・ロバーツは、46,000人に及ぶチベット人僧・尼僧の「政治思想教育」プログラムを文化大革命以来最大のチベット人の思想に対する攻撃であるとしている。以下は彼女のレポートである。

僧院訪問はバター茶とツァンパの休憩時間が良い、というのが、チベットにいる写真家の弁である。お茶の時間は、赤い布を身にまとい、金属製のカップやボウルを持ち、くつろいだ雰囲気で仏殿の階段をおしゃべりしながら降りていく僧たち、写真にはもってこいのシーンがそこにあった。しかし今回は、そうはいかなかった。僧院には、誰もいなくなったのだ。

ラサの僧院は、チベットで最も人が多く訪れる。これまで中国当局は、チベットの実情に疑問を抱いている観光客に対して、僧院らしい雰囲気を見せようと躍起だった。だが今や、僧院はゴーストタウンと化している。

セラ寺で聞いたところによると、8,000人の僧が「寺を出た」。文化大革命の頃、破壊され、近頃再建されたガンデン寺では、300人の僧が寺を出て、数えても12人程度しかいない。私たちの一行は、古代の廃墟に踏み入る探検者のごとく、無人のデェプング寺の中に分け入った。私たちの案内人いわく、ここでの唯一の活動は、素人仕事ではあるものの、ダライ・ラマ法王に参考文献を提出するため宗教書を再版することであった。

中国当局によって始められたチベットの僧院に対する「徹底攻撃」キャンペーンに関する最近の報告書によると、チベット人権・民主センター(TCHRD)がその1部始終を控えめに公表した。46,000人の僧と尼僧のうち、3,993人が追放、294人が逮捕、14人が殺害された。チベットの訪問者にとって、この「徹底攻撃」キャンペーンのインパクトは確かに大きいようだ。2年前でさえ、手軽に「僧たち」をフィルムに収めることができた。今日、いかにして「僧を見つけだすか」ということが問題だ。

「ラサでこのキャンペーンが始まったのは、1年前のことだ」と東チベットの僧院から逃げた僧は説明した。「ダライ・ラマ法王の批判を拒絶したという理由で、800人の僧と尼僧が投獄された。それからというもの、チベットのすべての僧院にも(中国当局による)キャンペーンが及んだ。私のいたアムドの僧院もそうだ。それで私は逃げてきた」

南インドのバイクラッペにあるチベット人居住区の安全な新しい住まいで、キャンペーンの場面について尼僧は叙述する。「中国人が破壊にやって来た時、私たちは僧院で祈りを捧げていた」「彼らは、武装してやって来て、全く新しい規則で取締りを始めた。彼らは、ただ一言、『ダライ・ラマを批判すれば、OKだ。そうしなければ、僧院から追放だ。ダライ・ラマを批判する者が誰もいないと、僧院は閉じられることになる』と言った。」

チベット自治区(中国)当局は、チベットにいる46,000人の僧・尼僧のうち、3,000人の政治思想教育を完遂した、と言っている。そのプロセスとは、チベット人僧・尼僧の忠誠や日々の祈りにダライ・ラマ法王のいかなる写真も使わせない、チベット人が崇拝するダライ・ラマという指導者が、母国中国を分ける「分裂主義者」である、と教えられる。さらに、中国政府の認めたパンチェン・ラマを認め、ダライ・ラマ法王によって9歳のとき認定された転生霊童については批判する、といったことが要求される。多くの僧にとっては、まさに大打撃だった。

「神仏を批判することは、自分たちの信仰に反すること」とラサの僧院出身の尼僧は、私に説明した。「私たちは、ダライ・ラマ法王の著作を読んだり、教えを聴いたりしているだけなのに、彼らは、昼も夜も、調べにやってくる。ダライ・ラマ法王を批判するよう命令されたとき、私は逃げた。」

もう1人の尼僧は、暴力を振るわれて抵抗したときのことを話した。「私たちは、ダライ・ラマ法王のことを悪く言ったり書いたりすることを断固拒絶する。何人かの仲間は、遠くへ連行された。私たちは、後ろ手に縛られ、投獄され、無慈悲に罰せられ、打たれ、ひどい目に会わされた。」

中国当局は、チベットの僧院は当然の報いを受けたと言うだろう。近年、チベットにおいて、公然と異議を唱えた僧や尼僧は皆、同じ運命になった。ドラプチ刑務所の政治犯に占める僧・尼僧の数は、民間人のそれを上回る。

「チベットの僧院には今、新しい規則が壁に書かれている」とシガッセの僧は言う。「『チベットは独立した国』という独立主張のスローガンを叫んだり、書いたりする者は、7年の投獄を言い渡す、といったことをよく言われた。」

中国側の見解によると、このチベットの僧院に対する政治思想攻撃は容認できるものである、チベット人は当局のこの新しいやりかた、つまり「ダライ・ラマをもっと攻撃する」と迫られ、苦しむことになる、というのだ。また、40年にわたる宗教上、政治上の迫害で、中国当局は、チベット人に対し、亡命中のダライ・ラマ法王への変わらぬ忠誠心やチベット独立への熱い想いに苛立ち始めたのかもしれない。今、船首を攻撃することで、チベット人全体の強い愛国心をつぶそうとしているのだ。

私が話を聞いた多くの僧や尼僧によると、中国側が勝つと見こんだパンチェン・ラマ継承問題にまでこのキャンペーンは及んでいる。この継承問題に勝つことで、中国側は、ダライ・ラマ法王の死後、影響力を行使することを目論んでいる。しかし、実際かのダライ・ラマ法王は、次の転生の場所が中国の力が及ばない地域になることにほぼ確信を持った、と言及することで、中国に先手を打ったのだ。

私はダライ・ラマ法王に、この「徹底攻撃」キャンペーンや法王自身に対する攻撃についてどう思うか尋ねた。「もちろん、中国も統一、安定を望んでいるはずだ。けれども、彼らは単なる見かけだけの統一・安定に関わっているだけだ。真の安定とは、「心」から現れるものでなければならない。それなのに、彼らは、怒りを生み出している。」

ダライ・ラマ法王は、近い将来、チベット亡命政権と中国政府の関係改善があるかもしれないことを心に留め、さらに付け加えた。「私は、中国政府首脳陣が、このあまりにも悲惨なチベットの現状を完全に把握していないのではないかと思う。」

「徹底攻撃」キャンペーンは、すでに困窮している北インド・南インドに、さらに数百の難民を増やす結果となった。バンガロールのチベット亡命政権代表者によると、僧達は身1つでインドに辿り着き、何人かは飢え死にした。私がバイクラッペのチベット人居住区を訪れたとき、新参者に出されていた温かい食事といえば、米飯しかなかった。

「徹底攻撃」キャンペーンは、チベットに留まった僧・尼僧たちが僧院の掟を守るという条件で、ダライ・ラマ法王非難の書類に署名したか、そうでなくても近いうちに署名する、というチベット人の宗教心に打撃を与える結末になった。宗教生活、正しい信仰の中心が、チベットからインドへ、またさらに移動した。

ダライ・ラマ法王の兄、トゥプテン・ジクメ・ノルブ氏がこう警告した。「中国のねらいは、チベットにいるチベット人の数を減らすことにある。それは、チベット人を、まるで何も知らない観光客がじっと見入る博物館の展示物のような珍しいものにするためだ」 チベットから引き裂かれた気高い心の持ち主のこの予言は、今まさに現実のものになろうとしている。


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