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テールズ・オブ・テラー チベットでの拷問
TCHRD(チベット人権・民主センター)1999年発行

ルンデュップ・ガンデンの場合

ルンデュップ・ガンデン (俗名ガンデン・タシィ)はラサのガデン僧院の30歳になる僧であったが、1989年から3年間刑務所に入れられた後、1992年、過酷な拷問により麻痺した体をひきずりながらの釈放となった。

ルンデュップは1988年3月5日のデモに参加し、チベットにおける人権擁護及び政治囚ユロ・ダワ・ツェリンの釈放を要求。警官が催涙ガスをデモ参加者たちに発射した後、ルンデュップは逮捕され、7人の他の僧たちとともに、独房に入れられる。警官、兵士たちは、彼らを丸裸にし、棒、銃の床尾、ゴムのこん棒、電気棒などを使って暴行し、その間ショックを増すために、彼らに水を浴びせかけた。

「意識が戻った時、私は両手に手錠をはめられグツァ拘留所にいるのに気づいた。拷問のなかで1番ひどかったのは、裸にされ電気警棒で全身を叩かれた時だ。以後、仰向けに横たわることがしばらくできず皮膚は腫れ、青、緑色に染まった打撲の痕や切り傷がところどころにできた。電気棒と針金はいつも使われた。看守たちは針金を使って手首を締め上げ、その痛みはたいへんなものだった。グツァ拘留所ではよく、天井から吊るされ、 その度に10分〜15分もの間我慢しなければならなかった。私たち囚人を吊るしあげる方法はいろいろだ。彼らは、囚人の手首を締め上げ、 天井から吊るし、暴行するのである。」

グツァ拘留所で、ルンデュップと若者2人、そして女性1人が、皆裸にされ、そのまま警察官たちのいる尋問部屋に連れて行かれた。 4人は電気棒で暴行を受け、ルンデュップは頭を銃の床尾で殴られた。その後、再び尋問に呼び出された時には、歩くことすらできず、 他の囚人仲間に担いでもらわなければならなかった。ルンデュップは、頭部の深い損傷が長い間完治することなく、今も後遺症の偏頭痛に悩まされている。

グツァ拘留所におけるルンデュプの最悪な思い出の1つに、多くのチベット政治囚がトラックで運ばれてきた日のことがある。

「皆ひどく拷問を受けていて、自分の足で立つことすらできなかった。そこで、警官たちはトラックから地面に彼らを放り投げた。公安当局は彼らを積み重ねるように放り続けた。何人かは動くことができ、その人体の山から這い出ようとしていた。拘留所の廊下は血の海。山積みになった囚人たちのうち3人が死亡しているのが分かり、また同じトラックで運ばれたのだ」

ルンデュップは、グツァ拘留所にいる間、拷問もしくは飢えで何人かの政治囚が死亡するのに立ち会う。その後、彼はウーティデュ刑務所で過ごし、そこで3人の囚人が自殺したのを耳にする。ウーティデュ刑務所で、彼は独房に監禁され、3日間もの間、外界との接触を絶たれた。独房の床は金属で、ベッドはなかった。彼は両手両足を錠で固定され、1日に貧しい食事を2度与えられるだけだった。トイレに行くことさえ許されなかった。


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