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『旧チベットは封建農奴制社会』という中国の詭弁

北京は語る

旧チベットは政教合一の封建農奴制社会であり、ダライ・ラマと農奴主階級集団によって人口の90%が虐げられながら生活する、まさにこの世の地獄とも言えるところであった。それは暗く立ち後れた野蛮な社会で、帝国主義者らが幅を利かせていた。

そこで中国は人民解放軍の兵士2万人をチベットに送り、反動勢力を鎮圧し百万余の農奴を解放し、平和的にチベットに自由をもたらしたのだ。自由を得たチベット人の大半は祖国中国の地に団結し、他の少数民族らと共に調和のとれた生活を送っている。

ちょっと待ってはもらえないだろうか。北京(中国政府)はチベットの文明や国の有り様をわずか二つの短いパラグラフで要約してしまった。全く滑稽な話だ。このひどく単純な解説こそ、中国がチベットの領有権を主張し、武力による侵略を正当化するための唯一の論拠なのだ。

長征の生存者で後に国家主席となった楊尚昆は、党の歴史学者らに対して次のように助言している。「歴史上の問題は概括的に研究されるべきで細かいことに拘るべきではない。‥‥紅軍の長征の重要性と役割について、決定的な部分が語られればそれでいい。‥‥細部に拘るようになるといろいろな問題が出てきて対処しにくくなる。」

楊は党の方針同様、事実を隠して神話を作り上げることを厭わなかった。話を捏造していることは明らかで、第一軍団が Tucheng および遵義で苦戦した結果、二度の敗北を喫したことも長征の歴史からは排除されている。二度とも毛沢東が軍を率いており、その戦いで多くの兵士が命を落としている。

事実は苦い薬のようなものだ。苦いが病を治す力もある。しかし、中国政府にとって事実は、法の支配や個人の自由そして民主主義と同様に未知の存在なのだ。長征のように自国の歴史上重要な出来事に関する事実でさえ、邪魔であれば削除してしまうのだ。

チベットに関して中国が同じ嘘を50年以上もつき続けるのも分かるような気がする。中央宣伝部が「旧チベット」を罵る時の語彙の豊かさを誰もがすごいと思うだろう。事実が欠如している分を生き生きとした形容詞で補っているとしか考えられない。結局中国政府は、以前のチベットを悪い社会として描くことでしか、そのチベット支配を正当化することができないのだ。

我らのチベット、彼らのチベット

1949年に中国が侵略する以前のチベットは理想的な社会でも「封建制農奴社会」でもなかった。政治的に独立していた当時のチベットには自給自足経済があり、世界中のどこにも例のない行政システムによって統治される、文化的にも他に類を見ない国家であった。

7世紀のソンツェン・ガンポをはじめ、チベットの統治者は仏教の教えに従って倫理道徳についての法典を定めてきた。統治者が国民の親としての役目を果たす、というのがその本質である。ソンツェン・ガンポの「一般道徳原則16条」や14世紀にパグモ・ドゥパにより発布された「処分および刑罰に関する指針13条」にそれが反映されている。

他の社会同様、チベットでも様々な処罰の方法(そのうちいくつかはチベットに特有のものであった)が法により認められていた。現代のチベット研究家ジャムヤン・ノルブ氏によれば、枷はめ(チベット人はこれを「中国のドア」と上手い呼び方をするのだが)や斬首刑といった刑罰はもともと満州から伝わったものだという。

これらの刑罰が乱用されることはなく、その対象となったのは常習犯のみに限られていた。1898年には、国家に対する反逆や陰謀を企てた者を例外に、それら刑罰の多くを廃止する法が可決され、チベット内部での流刑が刑罰の主たるものとなった。クンペラは流刑を言い渡された一人で、彼はコンポの人里離れた寺院に送られている。クンペラはダライ・ラマ13世の寵臣であったが、ダライ・ラマが致命的病を患っている事実を内閣に隠蔽した罪で有罪判決を受けた。

法のシステムはこの数百年でさらに進歩し、20世紀初頭には、判決に不服がある場合や地主に無下に扱われた場合、政治的・宗教的最高指導者であるダライ・ラマに直訴できる権利が全国民に与えられた。

同時代の中国と比較しても、また、一般人民が公正な裁判や法の支配、個人の自由とは縁のない生活をしている現代の中国と比較しても、「旧チベット」はずっと道理をわきまえた社会であったと言える。それは「チベット人、中国人および外国人訪問者の証言」からも明らかである、とウォーレン・スミスは著書、「China’s Tibet? Autonomy or Assimilation(チベットは中国のもの?自治か同化か)」の中で書いている。

チベット高原の全ての土地は国に属している。「チベット政府は国の大部分を諸侯や遊牧民首長および僧院を通じて間接的に管理していた」、とスミスは記している。政府は管轄地から税金を徴収する権利を彼らに与え、その見返りとして彼らから収入と奉仕を得ていたのだ。

僧院は学校、大学、チベット芸術・工芸・医療の中心としての役割も果たしていた。厳しく統制された僧院はチベットの伝統的な生活様式の中心的な存在であった。僧院は政府のために宗教儀式も執り行っていた。

「旧チベット」において土地のほとんどは小規模な自作農が管理しており、彼らは国に直接納税していた。これが政府の主たる収入源で、そのほとんどは穀類、羊毛、バターなどの現物で支払われた。税は労働や運搬といった政府の役人に対する奉仕というかたちで支払われることもあった。

小作農はほんのわずかで、チベット中央に集中していた。彼らは貴族や僧院の土地の一部を管理し借地料を現物あるいは労働で納めていた。スミスによれば、彼らの中には「かなり裕福になり、金や穀物を地主に貸し付ける者もいた。彼らは地主に対して訴訟を起こす権利を持ち、ダライ・ラマに直訴することもできた」、とある。

どこの社会の制度も完全ではない。中国の侵略を受ける以前のチベットにしても決して模範的な社会だったとは言えない。地主が力に訴え多くの小作農が苦しんだケースもある。しかし、チベットの管理制度は富める者にも貧しい者にも概して平等に機能していた。中国が侵略する以前のチベットの歴史には、人々が飢饉で苦しんだことは一度もなかった。チベットには、物乞いも両手の指で数えられるほどしかいなかったのだ。

以上のことからも、チベットの社会制度を「立ち後れた政教合一の封建制農奴社会」だと一括してしまうのは、大漢民族主義的な見方であり、チベット文明を中国政府の都合に合わせて完全に歪曲して捉えていると言わざるを得ない。

チベットはかつて一度だけ飢饉を経験したことがある。それは1959年から63年、毛沢東が大躍進政策を実施した時である。その気違いじみた大計画は中国全土に経済破綻をもたらし、中国とチベットで少なくとも3600万人が命を落とした。

人民公社が組織されたことで状況はさらに悪化した。中国でも極めて率直な発言をすることで有名な評論家、劉暁波は、「毛沢東の指導のもと、人民公社を組織することで党は何億という人間を奴隷にしてしまった」と言っている。個人の財産も自由もなく、中国は悪夢のようなオーウェリアン(全体主義的な極端な管理者会)と化してしまったのだ。

人々を抑圧する党の影響力は今日の中国社会にも広くはびこっている。「中国の経済的成功によって、そのネオレーニン主義国家としての利己的な性格はぼやけてしまった。しかし北京ブランドの権威主義的政治は、縁故資本主義とそこにはびこる腐敗・不平等を生み出し続けている」と、政治学者ミンシン・ペイは書いている。中国は今や貧富の格差が最も深刻な国の一つである。

一党独裁国家の中国は国が工業固定資産の半分以上をコントロールしている。自動車、天然資源、通信、エネルギーといった重要なセクターも独占している。党はこれらの経済基盤を乱用してコネのある特権層と多くの事業契約を結び、その特権層のみが大いに潤うことになった。言い換えれば、中国政府はある種の封建制度を実践しているのだ。党に優遇される特権層が素晴らしい恩恵にあずかっているのに、 圧倒的多数の人民は腹を空かせ、怒りと不満に満ちた生活を強いられているのだ。

チベットに限って言えば状況はさらに悲惨である。過去50年でチベットにも社会主義の強硬政策がしかれ、伝統の自給自足経済はすっかり廃れてしまった。そこにも国の恩恵を横取りする、資本主義者のなりをした「日和見主義のネオレーニン主義者」らがはびこっているのだ。チベットの人々は、彼らの土地や資源が奪われ、文化が取り返しのつかないほどのダメージを受けるのを黙って見ているしかなかった。少しでも異論を唱える者には、容赦ない取り締まり、拉致、長期の懲役、処刑が待っているのである。

侵略直後のいわゆる「民主改革運動」や、「農奴解放記念日」といった馬鹿げたイベントの制定(2009年)など、チベット民族を従順な国民に仕立てるため、中国政府は手の込んだ、そして時に隙のない政策・法令を組織的に計画してきた。

その結果、「ダーウィン説の厳しい現実がチベットに暗い影を落とし始めた。それは、報酬目当ての密告者、秘密警察、牢獄、拷問、処刑、失業、人種差別、滅亡の危機、文化の喪失、暴力、募る絶望‥‥そんな言葉で象徴される世界だ」とジャムヤン・ノルブは書いている。その中で今もチベット民族は日々生活を送っているのだ。北京が語るチベットとはかけ離れた世界だ。政府発行の雑誌に載せられた過剰に色付けされた写真−大空の下、豊かな草原で微笑む遊牧民と都会に連立する背の高いビル。それは現実とはほど遠い姿なのだ。

口裏を合わせ偽情報を広める政府

中国政府が使う一連のチベット宣伝広報は何もかもが古くさい。チベットは暗く立ち後れた封建制農奴社会だった等々、同じ嘘を半世紀以上も囁き続けている。最近ではチベット人のエリートや党幹部にもその片棒担ぎをさせている。

  1. 「旧チベットでは人口のたった5%の農奴主が耕地、放牧地、家畜の大半を所有しており、農奴と奴隷をコントロールしていた。」−ラクパ・プンツォク、中国チベット学研究所所長
  2. 「チベットはダライ・ラマが支配する政教合一国家であった。人口の90%、およそ百万の農奴と奴隷が中国によって解放された。」−カルマ、チベット自治区人民代表大会常任委員会副主任
  3. 「ダライ・ラマとその政治集団は、封建制農奴社会の政教合一国家である旧チベットの首謀者だ。」−ラグデ、全国人民代表大会常任委員会副委員長

ラクパ・プンツォクはさらに次のように言っている。「解放された大勢の農奴とその子孫らにとって、誰がチベット民族の守護者として骨を折っているか、そして誰がその幸福な生活を脅かそうとしているかは明らかである。」確かに、チベット内部のチベット人たちは2008年3月、中国の支配に対する平和的なデモをすることで「幸福を脅かすもの」が誰なのかをはっきりと示してくれた。

ラクパ・プンツォクやラグデをはじめチベット人役人らは政府に雇われ、チベットの現実とは接点もない指導部の機嫌取りのために党がでっち上げた妄想を広めているのだ。

「私たちの心の中の愛と尊敬を打ち砕くことができなければ、あなたたち(中国政府)の無駄なキャンペーンや活動はチベット人同士の団結と愛情を強めるばかりだ」と東チベットの若い僧侶クンガ・ツァンヤンは書いている。彼はその著作の内容を咎められ懲役5年6ヶ月の刑を言い渡されている。

支配を受け続けるチベット内部のチベット人のそのような深い感情は、政府が採用してきたチベット民族の権利や自由に関する政策に誤りがあったことを示している。

「中国の一連のプロパガンダに共通するテーマは、チベットに帰還し農奴制を復活させようと企むダライ・ラマの存在と、その際ダライ・ラマは専制君主として君臨するだろうという憶測だ。とんでもない幻想としか言いようがない」、とエリオット・スパーリング教授はファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌( Far Eastern Economic Review)に書いている。

論点は600万人のチベット人の自由であって、ダライ・ラマの個人的利益や名声ではない。チベット民族の指導者は、チベット人がその一挙手一投足を監視されることなく生活できる、透明で平和な民主的チベットを求めているだけなのだ。

新たな農奴主、腹を肥やした共産党

2008年チベット中で大規模な平和的デモが起きた直後、その根本原因調査のために公盟(Gongmeng)法律研究所が研究者をチベット民族区域に送り込んだ。その勇気ある歴史的な調査報告によれば、「地方の特権層のネットワークがチベット民族区域内に根深くはびこっており、地方政府が略奪者と化していたり、行政がその機能を失っていたりすることが日常的に起きていた」という。このような党の地方組織内のエリートらが他の特権層と共謀して「新たな上流階級層」を作り出していたのだ。

公盟研究所の報告書はさらに次のように述べている。「この新たな上流階級層は伝統的な貴族階級とは性格を異にしている。彼らは合法的に現在の幹部級の地位に就いており、より多くの財源を有している。さらに彼らは伝統的貴族階級よりずっと強い立場を確保している。」そして「この新たな上流階級層の合法性を保障しているものには中央政府の後ろ盾があり」、そのため「彼らは中央政府に対してより強い忠誠心を持っているのだ。」

伝統的な社会構造と生活様式が完全に崩壊し、最大限の利益をむさぼるための活動にいそしむ中国政府と新たな上流階級層によって、ほとんどのチベット人は社会の隅に押しやられてしまった。それが「新しい中国」でチベット民族が辿った運命なのだ。

まとめ

チベットへの侵略と同時に中国政府は民主改革運動を開始した。その目的はチベット人の反動勢力を特定、鎮圧し、チベット人に対する社会的および政治的コントロールを完全に掌握することだった。今でも中国は「旧チベット」を「封建制の地獄」と呼び、自身を輝ける民族解放者に仕立てることでこの砦の領有権の正当性を主張し続けている。しかしこの解放者は、大多数の一般人民には到底太刀打ちできない力と財源を持った「新たな上流階級層」の台頭を許してしまった。中国政府はそれを物ともせず、新たに獲得した富を投入してマスメディアを操り、相も変わらぬ党の古い言い分を宣伝するために一層努力をしているのである。

中国政府がいくら詭弁に磨きをかけようとも、何度同じ嘘を繰り返そうとも、チベット民族の心骨に深く刻まれた真実を竹の筆で書いた嘘で消し去ることはできないのだ。


(翻訳者:中村高子)

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