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チベット衣装

「チベット政治史」(亜細亜大学アジア研究所)より抜粋

古代の王の衣装を着たラサの高官たち

1930年代のラサの貴婦人

チベットの古代の王たちはターバンのような帽子のまわりに赤い布をねじって巻きつけたものを頭に冠り、長いゆったりしたローブをまとい、上むきに尖った靴をはいていたという。このスタイルはペルシャ王の服装を模したものであると考えられている。

釈尊の定めた僧衣がチベット人の高僧と僧侶の衣の起源となった。しかし、後にそれらは厳しいチベットの気候に合わせて改変された。政府の僧官と俗官の衣裳のあるものはモンゴルに起源をもつ。俗官の階級は外衣の色とスタイルから判別することができる。平均的市民は、雑に織られた重く長い羊毛の外衣を、幅広い襞をつくって腰帯でしめて着る。裏皮の羊の毛は、冬の冷たい風を避けるためのものである。


祭りの日のカンパ族の女たち

祭りの日のカンパ族の女たち
© Tiziana and Gianni Baldizzone

祭りの日のカンパ族の男たち

祭りの日のカンパ族の男たち
© Tiziana and Gianni Baldizzone

高僧や僧院長の錦の外衣が、ローマ・カトリック教会の大司教たちのそれと似かよっているのは注目に値する。また、階級を問わずすべての僧侶が被るウールの帽子は、サイズこそいろいろあるものの、古代ギリシャ人の鉄兜の1つを思いおこさせる。このスタイルがそもそもチベットで発生したのか、それとも、アレキサンダー大王遠征中のペルシャやインドで発生したのか想像してみるのも興味をそそられるところだろう。


ゲルク派の高僧

ゲルク派の高僧 ©Tiziana and Gianni Baldizzone

カンパ族の男性

カンパ族の男性
© Tiziana and Gianni Baldizzone

西洋の女性と同じく、チベット人女性もファッションに敏感である。晴れの場に、長い衣(チュバ)の下にたっぷりした袖のブラウスを着、色とりどりのしま模様のエプロン姿で登場するのは婦人たちの心を踊らせるものだ。

長い黒髪はかもじでふやし、その上にパトゥクをのせる。パトゥクはビロードをまきつけたわくに真珠、トルコ石、珊瑚をつけたものである。パトゥクは地方によって様々な形がある。耳たぶには、トルコ石をはめこんだ長い金のイヤリングを通し、ダイヤモンドとトルコ石をはめこんだお守り箱(ガウ)をネックレスの上にかける。

冬場に被る帽子は男も女もスタイルが似かよっている。帽子は絹の錦で派手におおわれ、毛皮で縁どれれた大小2つのつばがついている。夏場の男性は西洋式のフェルト帽を好んで被る。

古代、チベットの兵士たちは甲冑をまとった。しかし17世紀に奇妙な変化がおこった。甲冑にみせかけた綿の服が代わりにまとわれるようになったのである。1916年以降は英国を手本とした軍服に変わったが、1947年以降は徐々に純チベット式の軍服に移行した。

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